“心技体” + 〜 (Good Friday に想う)

このとある国のとある田舎町にいる私でも

道家の古賀さんが

53歳と言う若さで逝去されたニュースを知りました。

 

とてもショックでした。

 

光栄にも、

古賀さんのお人柄を語る忘れられないエピソードがありますので

拙筆をしたためました。

 

柔道大会に来日した海外遠征チームに同行した時のことです。

その中の1人が特に古賀さんの大ファンで

どうやって知ったのかわかりませんが

古賀さんにメールをしたそうで

 自分がファンであること

 自分が大会のために来日することを書いたと言うのです。

 

古賀さんの素晴らしさを矢継ぎ早に私に話していた時

彼が突然だまり、顔が耳まで真っ赤になり

「あの人、本物の KOGA ?」・・・

後ろを振り返ると、

こちらに向かって笑顔で歩いてくる古賀さん。

 

「もしかして、君かな?僕にメールくれたの。

 だから今日会いに来たよ」

 

あんなに饒舌だった彼が

ただただ真っ赤な顔をして

差し出された古賀さんの手をにぎったまま

しばしボーッとしています。

 

そのうち遠征チームの他の選手も集まってきて

古賀さんはあっという間に若い選手たちに取り囲まれ

偉大な選手を前に緊張している彼ら一人一人に

話しかけていらっしゃいました。

 

古賀さんは去り際に大ファンだと言う選手に

「じゃあ頑張ってね」とサラッと言い

大会関係者や顔見知りの方々のところへ・・

 

追いかけていって

「私がお礼を申し上げるのも僭越なんですが

 お忙しいところをありがとうございました」と言うと

「ファンと言われれば、どこへだって行っちゃいますよ」

と冗談をおっしゃていました。

 

その日、

遠征チームの選手たち、

特にメールまで出した古賀ファンの選手は、もう夢見心地でした。

偉大な選手、憧れの柔道家から

暖かくプライスレスな宝物をもらったからです。

 

大会終了後に

「 KOGA の given name は何ていうの?」と訊かれ

「あれ?そう言えば何だったっけ?」

一番最初に浮かんだのがニックネームの ” 三四郎 ” だったからです。

「古賀って言う名字の印象が強くて名前が出てこないなあ」と言う私に

選手全員が呆れて

「日本人なのに、偉大な柔道家のフルネームも知らないのかぁ」

 

  ・・・確かに・・・

 

若い選手たちが

柔道を続けているかどうかはわかりませんが

古賀さんのご厚意は、心にずっと残るに違いありません。

 

私がここでまたお礼を申し上げるのは大変僭越なのですが

平成の三四郎こと、古賀稔彦さん

“ 心技体の理想像とそれ+” と言う宝物をいただきまして、

ほんとうにありがとうございました。

 

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。